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職場の熱中症対策として、水や塩飴を用意し、空調服を支給している会社も多いと思います。もちろん、いずれも大切な対策です。しかし、現在の法令や厚生労働省のガイドラインを踏まえると、物品を用意するだけでは十分とはいえません。
2025年6月1日から、一定の暑熱環境で作業を行わせる会社には、熱中症の疑いがある人を早期に発見し、重篤化を防止するための報告体制や対応手順を整え、関係者に周知することが義務付けられています。さらに、2026年に厚生労働省が策定した「職場における熱中症防止のためのガイドライン」では、予防から緊急時の対応まで、より具体的な対策が示されました。
会社の熱中症対策を実際に機能させるためには、次の3つの視点が重要です。
💡この記事でわかること
この記事では、この3つの視点から、会社が整えるべき熱中症対策を解説します。
厚生労働省によると、2025年に職場で熱中症により死亡または4日以上休業した人は1,803人となり、統計を取り始めた2005年以降、最多となりました。このうち死亡者は19人です。業種別では、製造業365人、建設業292人、商業237人、運送業220人、警備業199人となっています。
熱中症は、屋外作業だけの問題ではありません。冷房のない倉庫や工場、調理場、炉などの熱源がある場所、風通しの悪い建物内でも発生します。また、作業中には重い症状が見られなくても、作業終了後や帰宅後に急激に体調が悪化する場合があります。
参考:厚生労働省「2025年(令和7年)職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」
義務化の対象となるのは、原則として、次の条件を満たすことが見込まれる作業です。
WBGT値とは、気温だけでなく、湿度、風、日差しや設備からの輻射熱なども考慮した「暑さ指数」です。対象となる会社は、次の対応を行わなければなりません。
熱中症の自覚症状がある作業者や、他の作業者の異変に気づいた人が、直ちに報告できる体制を整えます。少なくとも、次の事項を決めておく必要があります。
「体調が悪くなったら申し出てください」と伝えるだけでは十分ではありません。責任者による巡視、複数人で互いの状態を確認するバディ制、一定時間ごとの定期連絡などを組み合わせ、異変を実際に把握できる状態にしておく必要があります。
熱中症が疑われる人を発見した場合の対応手順を、作業場ごとにあらかじめ定めます。具体的には、次のような内容です。
緊急連絡網、搬送先となる医療機関の所在地・電話番号、責任者と代理者の連絡先も整理しておく必要があります。
体制や手順は、文書を作成しただけでは足りません。掲示、文書、メール、朝礼、安全教育などにより、作業者が緊急時に実際に行動できる状態にしておく必要があります。同じ場所で作業する一人親方や請負事業者の作業員などにも、必要な内容を共有しておくことが重要です。
これらの義務に違反した場合、労働安全衛生法により、行為者には6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科される可能性があり、法人にも罰金刑が科される可能性があります。
参考:厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行等について」/e-Gov法令検索「労働安全衛生法」「労働安全衛生規則」

まず、熱中症対策の責任者と、その代理者を決めます。責任者には、例えば、次の役割を持たせます。
責任者が休みの場合や複数の現場がある場合も考え、代理者や現場ごとの担当者を明確にしておくことが必要です。また、緊急時には責任者の判断を待たず、現場にいる人が119番通報できるルールも定めておくべきです。
現場責任者の感覚だけで判断すると、責任者によって対応が変わったり、「もう少しなら大丈夫」と作業を続けたりするおそれがあります。そこで、少なくとも次の判断基準を決めておく必要があります。
| 場面 | あらかじめ決めておく基準 |
|---|---|
| 作業開始前 | WBGT値、作業内容、服装、体調、暑熱順化の状況 |
| 作業中 | 測定の頻度、休憩を増やす基準、作業時間を短縮する基準 |
| 危険性が高い場合 | 作業場所・時間・内容を変更する基準 |
| WBGT基準値を大幅に超える場合 | 原則として作業を行わない基準 |
| 体調不良が見られた場合 | 本人の申告にかかわらず作業から離脱させる基準 |
| 重い症状がある場合 | 119番通報または医療機関へ搬送する基準 |
特に注意したいのは、WBGT値28度が「これを下回れば安全」という境界線ではないことです。28度という数値は、一定時間以上の作業について、報告体制や対応手順の整備が法令上の義務となる基準です。実際の危険性は、作業の身体的負担、連続作業時間、作業服、直射日光、熱源、風通し、作業者が暑さに慣れているかなどによって変わります。
立派なマニュアルがあっても、現場で実行されなければ事故を防ぐことはできません。必要なのは、例えば次のような日々の運用です。
本人からの申告だけに任せず、責任者から声をかけ、普段と異なる様子がないかを確認することが重要です。
2025年に義務化されたのは、主として、熱中症を早期に発見し、重篤化を防ぐための体制と手順です。しかし、熱中症の発生自体を防ぐには、それ以前の予防対策が必要です。

新入社員、長期休暇明けの人、梅雨明けの時期などは、身体が暑さに慣れておらず、特に注意が必要です。作業時間や身体的負担を段階的に増やす暑熱順化の期間を設け、初日から通常と同じ暑熱作業をさせないようにします。スポットワーカーなど短期間就労する人についても、暑さに慣れていることを確認できない場合は、「暑さに慣れていない人」として対応するのが安全です。
空調服などの身体を冷却する機能を持つ服は、有効な対策の一つです。しかし、空調服だけで熱中症を防げるわけではありません。休憩、作業時間、体調確認、巡視、作業中止基準などと組み合わせて運用する必要があります。
参考:厚生労働省「職場における熱中症防止のためのガイドライン」
会社の熱中症対策を考えるうえで参考になるのが、新星興業事件です。この事件では、30歳代後半の従業員が、船舶修理業務に従事するため、2013年8月にサウジアラビアへ出張しました。現地では、気温が少なくとも35度、最高で38度に達する環境で、屋外作業が行われていました。従業員は8月17日から作業に入り、18日の夕食時には食欲不振が見られました。翌19日には昼食を取らないまま作業を続け、その後、体調を悪化させ、同月29日に死亡しました。
会社は、全く対策をしていなかったわけではありません。
それでも、福岡地方裁判所小倉支部は2024年2月13日、会社の安全配慮義務違反を認めました。福岡高等裁判所も2025年2月18日、会社側と遺族側双方の控訴を棄却し、会社の責任を認めた第一審の判断を維持しました。会社に対して認められた損害額は、約6,300万円です。
裁判所が問題としたのは、設備や飲料を用意したかどうかだけではありませんでした。会社は、現地の湿度を測定せず、WBGT値などによって暑熱環境を客観的に評価していませんでした。また、水分・塩分をどの程度摂取するか、クールベストを着用するかは、基本的に作業者本人の判断に委ねられていました。さらに、食欲不振や昼食を取っていないという体調悪化の兆候があったにもかかわらず、十分な体調確認や作業中止の措置が行われていませんでした。
判決から読み取れるのは、次の点です。
つまり、水や休憩場所を用意していても、その利用を本人任せにし、危険性の評価や体調確認を行っていなければ、十分な熱中症対策とは評価されない可能性があります。
※新星興業事件・福岡高裁令和7年2月18日判決(労働判例ジャーナル159号20頁)
「自社の熱中症対策が安全配慮義務を満たしているか確認したい」という方は、ぜひご相談ください。
▶ 関連記事:就業規則、形骸化していませんか?服務規律・解雇ルールの見直しポイント
職場の熱中症対策は、水分、塩分、空調服などを用意するだけでは十分ではありません。重要なのは、誰が判断し、誰に報告するのかという「体制」、いつ休憩・作業中止・救急要請をするのかという「基準」、測定・体調確認・巡視・教育を継続する「実行」を一体として整えることです。
万一事故が発生した場合には、形式的なルールや備品の有無だけでなく、会社が現場の危険性を把握し、具体的な基準を設け、その対策を実際に運用していたかが問われます。熱中症対策は、現場の作業内容、服装、勤務体制によって必要な内容が異なります。
「自社の体制で十分なのか」「作業中止や救急要請の基準をどう定めればよいのか」「作った手順が現場で実行できる内容になっているか」と判断に迷われる場合は、吉野モア法律事務所までご相談ください。現場の実情を確認しながら、報告体制図、対応手順書、作業中止基準、確認記録など、実際に運用できる熱中症対策を一緒に整理いたします。
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吉野モア法律事務所 代表
京都大学法科大学院卒業 大阪弁護士会所属。
2022年に吉野モア法律事務所を開所し、主に中小企業のコンプライアンス問題や外国人労働者等の労災・労務問題、事業リスク・事業開発に伴う法的アドバイス等を実施。
直近は「トラブルが起こる前に備える」企業法務を目指し、組織づくりや次世代経営者育成なども手掛けている。
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