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就業規則の不利益変更を検討する際、「賃金体系や手当を見直したい」「勤務条件を一部変更したい」と考えている経営者の方は少なくありません。しかし、その変更が従業員にとって不利益な内容である場合、労働契約法などの法律によって厳しく制限されます。
法的な手順を踏まずに就業規則を変更してしまうと、後から従業員と大きなトラブルに発展したり、就業規則の変更自体が「無効」と判断されて未払賃金の支払いを求められたりする重大なリスクがあります。
この記事では、どのようなケースが就業規則の「不利益変更」に該当するのか、そして企業が就業規則の変更を有効に進めるための条件や具体的な手順を、弁護士の視点からわかりやすく解説します。
💡この記事でわかること
顧問社労士の先生と日頃から相談されている場合でも、万が一の裁判リスクを想定した最終的な法的リスクの判断には、弁護士による検証が不可欠です。本記事を通じて、まずはどのような点に注意すべきかの大枠を掴んでいただければ幸いです。
就業規則の「不利益変更」とは、会社が就業規則を改定することによって、従業員にとって現在よりも労働条件が悪くなる変更を行うことを指します。
労働契約法では、原則として会社と従業員が合意しなければ、会社が就業規則を変更して従業員の不利益に労働条件を変更することはできない旨定められています。これは、立場の弱い労働者を守るための基本原則です。
どのような変更が不利益変更に該当するのか、代表的なケースを挙げます。
このように、金銭面だけでなく、労働時間や休日など労働の対価や負担にマイナスの影響を与える変更は、すべて不利益変更に該当します。実務上、不利益にあたるかどうかは広く解されています。
一方で、次のような変更は従業員にとって有利になるか、あるいは労働条件の低下を伴わないため、原則として不利益変更には該当しません。
経営者の方が「これは不利益変更になるのだろうか」と迷う場合は、その変更によって「従業員の受ける利益が減るか、負担が増えるか」という視点で考えてみてください。
原則として一方的な不利益変更は禁止されていますが、裏を返せば「一定の条件」を満たしている場合には、例外的に就業規則の不利益変更が法的に「有効」と認められます。
労働契約法第10条では、従業員の同意を得ない場合でも、次の2つの要件を満たすことで変更が可能であると定められています。
① 変更後の就業規則を従業員に周知すること
従業員が実際に変更内容を認識していることまでは必要なく、事務所の見やすい場所に備えつけておくことなど、変更後の内容を知ろうとすれば知ることができる状態にしておけば足ります。
② 変更内容に「合理性」があること
就業規則の変更内容に合理性があることが必要です。
労働契約法第10条では、以下の要素を総合的に考慮して合理性を判断することとされています。
実務上、最も多くの経営者様からいただくのが「従業員の同意は全員分必要なのか、反対意見が出たらどうなるのか」というご質問です。
結論から申し上げますと、「全員の同意が必須」というわけではありません。もし全員の同意が必須であれば、1人でも反対者がいれば会社の制度改革が一切できなくなってしまいます。そのため、前述の通り「変更後の就業規則の周知」と「変更内容の合理性」が認められれば、一部の従業員が反対していても、変更後の就業規則は全員に対して有効に適用されます。
しかし、これは「同意を取らなくてよい」という意味ではありません。裁判所は「会社がどれだけ丁寧に説明し、同意を得る努力をしたか」も重視します。反対者が多数を占めるような変更は、合理性がないと判断されるリスクが上がります。そのため、可能な限り全員の同意を目指して説明を尽くすことが、実務上の鉄則となります。

就業規則の不利益変更をトラブルなく、合法的に進めるためには、以下の5つの手順を正しく踏む必要があります。
まずは変更の必要性を社内で明確にし、従業員の受ける不利益を最小限に抑える工夫をします。
経営陣から従業員に対し、変更の理由・変更の具体的な内容・不利益を和らげるための措置について、直接説明する場を設けます。資料を配布し、質問を受け付ける時間を十分に確保することが大切です。ここで誠実な姿勢を見せることが、後の同意形成に大きく影響します。
就業規則を変更する際、労働基準法第90条に基づき、従業員の過半数で組織する労働組合(ない場合は従業員の過半数を代表する者)から意見を聴き、それを書面にした「意見書」を作成してもらう必要があります。たとえ意見書に「反対」と書かれたとしても、労基署への届け出自体は可能ですが、反対意見がある場合は合理性をクリアするハードルが上がることになります。
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変更後の就業規則に、手順3で作成した「意見書」を添付して、管轄の労働基準監督署に提出(届出)します。
届出を終えたら、変更後の就業規則を従業員がいつでも確認できる状態にします。社内サーバーへのアップロード、共有スペースへの備え付けなど、実質的に見られる状態にすることを「周知」と言います。法律上、就業規則は周知されて初めて効力を発揮しますので、金庫に眠らせたままにしてはいけません。

過去の裁判例や実際のトラブル事例から、企業が陥りがちな「やってはいけない不利益変更」の典型的なパターンを解説します。
状況:ある中小企業で、大口顧客との契約が終了し業績が急速に悪化しました。経営者は「会社を潰さないためには致し方ない」と考え、全従業員の基本給を一律15%カットする旨を給与明細の配布時に突然通知しました。
結果(無効):従業員から減額分の支払いを求められた裁判で、裁判所は「経営難という事情は理解できるものの、従業員に対して事前に財務状況を正確に開示して説明する努力を全くしておらず、激変緩和措置などの配慮も皆無である」として、変更を無効と判断しました。会社は過去に遡ってカットした分の給与を全額支払う命令を受けました。
状況:手当の廃止に伴い、会社は「同意書」を作成し、全従業員に提出を求めました。数名の従業員が難色を示したところ、上司が面談室で「これにサインしないなら、次の契約更新はないかもしれない」「周りのみんなは書いている」と強く迫り、全員分の同意書を回収しました。
結果(無効):後に退職した従業員から「あの同意は強要されたもので無効だ」と訴えられました。最高裁判所の判例(山梨県民信用組合事件など)でも示されている通り、労働者の同意には「自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由、客観的状況」が必要です。今回のケースでは、不利益の程度が大きいにもかかわらず、十分な対価の提示もなく心理的圧迫を与えて書かせたものとみなされ、同意書の効力は否定されました。
これらの事例からわかることは、「理由があるから」「同意書があるから」といって、それだけで不利益変更が適法になるわけではないということです。プロセスの不誠実さや、一方的な負担の押し付けは、将来的に高確率で深刻な法的リスク(未払い賃金請求や損害賠償請求)となって会社に跳ね返ってきます。
就業規則の不利益変更は、会社の存続や発展のために避けて通れない場合もありますが、日本の労働法体系においては「極めて慎重に行うべき手続き」として位置づけられています。
就業規則の変更は、個別の企業の財務状況、これまでの労使関係、変更する項目の重要度によって、必要な手続きや有効性の判断が大きく異なります。一概に「この方法なら100%安全」と言い切れるものではありません。
当事務所では、企業の経営状況やこれまでの就業規則を詳細に分析した上で、将来的な労務トラブルや裁判リスクを最小限に抑えるための具体的な進め方をご提案しております。就業規則の変更をご検討中の経営者様は、従業員の方々に提示される前の段階で、ぜひ一度当事務所にお問い合わせください。
本コラムに記載された内容は、就業規則の不利益変更に関する一般的な法理や手続きを解説したものです。実際の労働条件の変更にあたっては、個別の事情により、法的な判断が異なる場合があります。具体的な施策の実施に際しては、必ず事前に弁護士等の専門家へ個別にご相談ください。

吉野モア法律事務所 代表
京都大学法科大学院卒業 大阪弁護士会所属。
2022年に吉野モア法律事務所を開所し、主に中小企業のコンプライアンス問題や外国人労働者等の労災・労務問題、事業リスク・事業開発に伴う法的アドバイス等を実施。
直近は「トラブルが起こる前に備える」企業法務を目指し、組織づくりや次世代経営者育成なども手掛けている。
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