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「これまで無事故だったから、今のやり方で大丈夫」——そう考えている経営者ほど、2026年の法改正が見えていないかもしれません。
2026年、改正労働安全衛生法が施行され、建設業における安全配慮義務の範囲が大きく広がりました。これまで「自己責任」として扱われてきた一人親方や外注先の安全管理について、元請企業の法的責任が明確化されたのです。
本記事では、改正内容の要点・裁判例から見るリスク・今すぐ整えるべき体制について、実務目線で解説します。
※建設業のコンプライアンスの全体像はこちらの記事(建設業のコンプライアンス対策|一括下請負の禁止と2026年施行の取適法を弁護士が解説)をご覧ください。
💡この記事のまとめ
会社(元請企業)は、2026年施行の改正労働安全衛生法により一人親方や外注先まで安全配慮義務が拡大したため、彼らを含めた安全管理体制の再構築と、教育や点検の客観的な「記録(証跡)」を残す仕組みを今すぐ整える必要があります。
吉野モア法律事務所では、建設業の皆様向けの「コンプライアンスリスク診断」を承っております。どんなリスクが潜んでいるか、まずはチェックしてみたいという方はぜひお気軽にお問い合わせください。
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厚生労働省の調査(※1)によると、建設業における死亡者数は全産業の29.6%を占め、最多となっています。特に多いのが墜落・転落事故です。高所作業、重機の使用、混在作業環境などが複合的に重なる建設現場では、どれだけ注意を払っていても、事故が起きる可能性をゼロにすることはできません。
重要なのは、「事故をゼロにすること」を結果として追い求めるだけでなく、「事故が起きた際に会社を守れる仕組みを持っているか」という視点です。
「うちの現場はこれまでずっと無事故だから大丈夫」 もしそう考えているなら、それは経営リスクの火種を抱えているかもしれません。重大事故が発生した際、裁判や労働基準監督署の調査において、会社が「最も不利」な立場に立たされるのは、次のうちどの場合でしょうか。
答えは「4番」です。意外に思われるかもしれませんが、実際に安全活動に「取り組んでいる」企業ほど、この落とし穴にハマります。
無事故の実績は、「仕組みが機能している証明」ではありません。たまたま事故が起きていないだけかもしれない。その認識が、2026年以降の安全管理の出発点になります。

これまで曖昧だった一人親方への安全衛生措置について、法律上の義務として明確に規定されました(※2)。「個人事業主だから自己責任」という解釈が通用しにくくなっています。
元請企業が一人親方に対して安全指示を行うことは、改正によって「偽装請負には当たらない」と明示されました。これにより、遠慮なく安全指示を徹底し、その記録を残すことが求められます。
改正前は、保護の対象は「労働者(雇用関係にある者)」が中心でした。改正後は、一人親方や外注先のように雇用関係を持たない作業者への安全配慮についても、元請側の責任として問われやすくなっています。
建設業は混在作業や外注利用が多い業態です。元請が管理する現場で働く全員を対象に、安全管理の視点を持つ必要があります。
2025年から強化された熱中症対策指針(※3)をはじめ、現場における具体的な健康管理が求められています。早期発見のための体制整備や、重症化防止の手順作成・周知が義務的対応の基準となります。
加えて、高齢作業員の増加に対応したリスクアセスメント、メンタル不調への対応体制の整備も、法改正の文脈で重視されています。
今回の改正全体を通じて、最も実務への影響が大きいのが「記録の重要性」です。
教育を実施した記録、点検を行った記録、是正措置を完了した記録——これらが揃っていることが、万が一の際に会社を守る「武器」になります。逆に言えば、記録がなければ「やっていない」と同義になりかねません。

実際の裁判例を見てみましょう。日雇い労働者が一次請け・二次請けの指示のもとで作業中に転倒し、鉄筋が顔面に刺さって死亡した事例です。遺族は約7,640万円の損害賠償を請求し、裁判所は一次請け・二次請け双方の責任を認め、約2,686万円の賠償を命じました。
判断の根拠として示されたポイントは以下の3点です。
「下請けの作業員だから」「直接の雇用関係がないから」という理由は、責任回避の根拠にはなりません。
前述の通り、裁判や行政対応の場では「何をしたか」ではなく「何を証明できるか」が問われます。
是正が完了していても証跡がなければ裁判で立証できない。安全教育を行っていても記録がなければ実施していないとみなされる。このような事態が、実際に多くの企業を苦しめています。
また、「労災を使わずに個人的な示談で済ませた」ケースが後から泥沼化する事例も多数あります。後から重い後遺障害が判明した場合、示談済みでも改めて賠償請求がなされることがあります。その場合、示談の経緯が不適切と判断されれば、会社側の立場はさらに悪くなります。
安全管理体制の骨格は、以下の5段階で構成されます。
①見つける——危険箇所やヒヤリハットを現場から拾い上げる仕組みを持つ
②止める——危険な状態や作業を、その場で止める権限と文化を作る
③直す——発見した問題を是正する手順と期限を明確にする
④残す——教育・点検・是正の記録を漏れなく保管する
⑤見直す——定期的に体制を評価し、改善を続ける
この5段階をPDCAとして回し続けることが、法的リスクへの備えであり、同時に事故予防の実態でもあります。
見落とされがちですが、安全管理の最大の阻害要因の一つがハラスメントです。
「危ない」と思っても言えない現場、問題を報告したら怒られる環境——こうした組織風土が「発見」から「是正」までの流れを止めます。ヒヤリハットが報告されず、問題が放置され、やがて重大事故につながる。
安全管理体制の整備は、ハラスメントのない報告しやすい職場づくりと一体で進める必要があります。
2026年改正を機に、外注先・一人親方を含めた安全運用の全体設計を見直す必要があります。
具体的には、以下の整理が求められます。
これらを「誰か一人」に任せるのではなく、組織として回る仕組みにすることが重要です。
法改正に対応するための体制整備は、一度に全部を整える必要はありません。まずは以下のステップで動き始めることが大切です。
まず現状を把握することから始めます。以下の観点でチェックを行ってください。
「できていない」ことを把握することが、体制整備の出発点です。
洗い出した課題を、「緊急性」と「重要性」の2軸で整理します。
記録の整備は、今すぐ着手できる最優先事項です。既存の教育・点検を継続しながら、記録として残す習慣を組織に根付かせることが最初の一歩になります。
体制整備を「完璧に整えてから動く」と考えると、いつまでも動けません。まず1つ、実際に運用を試してみることが重要です。
例えば、月1回の安全点検記録のフォーマットを決めて試運用する、外注先向けの安全教育資料を1枚作って渡してみる——小さく始めて、回しながら改善していく姿勢が持続可能な体制につながります。
事故をゼロにすることは結果論です。しかし、事故ゼロを目指す「仕組み」は、経営者の意志で作ることができます。
2026年改正を機に、今一度自社の安全管理体制を見直してください。特に以下の3点は、早急に整備すべき優先事項です。
体制整備に不安がある場合や、自社のリスクを専門家に相談したい場合は、吉野モア法律事務所へお気軽にご相談ください。

吉野モア法律事務所 代表
京都大学法科大学院卒業 大阪弁護士会所属。
2022年に吉野モア法律事務所を開所し、主に中小企業のコンプライアンス問題や外国人労働者等の労災・労務問題、事業リスク・事業開発に伴う法的アドバイス等を実施。
直近は「トラブルが起こる前に備える」企業法務を目指し、組織づくりや次世代経営者育成なども手掛けている。
参考資料
※1 厚生労働省「令和6年 労働災害発生状況」https://www.mhlw.go.jp/content/11302000/001543320.pdf
※2 厚生労働省「個人事業者等の安全衛生対策について」(法改正の概要) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/anzeneisei03_00004.html
※3 厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について」https://www.mhlw.go.jp/content/001476821.pdf
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