製造現場の労災・死亡事故を防ぐ:安全衛生管理体制と事業者の法的責任チェックリスト

製造業の現場において、機械への挟まれ・巻き込まれ、高所からの転落、さらには化学物質による健康障害など、一瞬の油断が取り返しのつかない労働災害を招きます。重大な事故が発生した場合、企業は被災者への補償だけでなく、刑事罰や行政処分、社会的信用の失墜という極めて重いリスクを背負うことになります。

本記事では、労働安全衛生法に基づく企業の義務と、事故発生時に問われる法的責任の所在、そして実務的な安全管理体制の構築方法について、弁護士の視点から詳説します。

💡この記事のまとめ

会社は、製造現場での重大事故を防ぐため、形骸化していない実効性のある安全衛生管理体制を構築する必要があります。

  • 重要ポイント:
    • 事業場の規模に応じ、総括安全衛生管理者や安全・衛生管理者の選任、産業医の選任、月1回の衛生委員会開催と週1回以上の現場巡視が義務付けられています。
    • 現場の危険性を特定する「リスクアセスメント」を実施し、法令上の優先順位(本質的対策、安全柵の設置、マニュアル化等)に従ってリスク低減措置を講じることが不可欠です。
    • 協力会社との混在作業においても、元請けは協議組織の設置や毎日1回以上の巡視の義務を負い、実質的な指揮命令を行っている場合は直接の安全配慮義務責任を問われます
  • 根拠法: 労働安全衛生法、刑法、民法・労働契約法

▼製造業のコンプライアンスの全体像はこちらの記事をご覧ください。
製造業のコンプライアンス2026年ロードマップ|取適法・ハラスメント・労務管理を弁護士が解説

製造業における「重大事故」の発生傾向と事業者の多角的な責任

製造業は、他業種と比較しても重篤な労働災害が発生しやすい傾向にあります。特に機械的な動力を用いた工作機械や搬送装置、フォークリフトなどが混在する現場では、ヒューマンエラーが生命・身体の危機に直結します。事故が発生した際、事業者が負う責任は、主に3種類に分類できます。

刑事責任:業務上過失致死傷罪と労働安全衛生法違反

最も重い責任の一つが刑事責任です。

  • 業務上過失致死傷罪: 必要な注意義務を怠り、死傷者を発生させた場合に問われます。工場長や現場責任者が直接の捜査対象となるケースも少なくありません。
  • 労働安全衛生法違反: 事故そのものだけでなく、機械の安全装置を外していた、特別教育を行っていなかったといった安全衛生管理措置を怠っていたことに対して罰則が科されます。

民事責任:不法行為責任や安全配慮義務違反に基づく損害賠償・間接コスト

企業は従業員に対し、「生命・身体の安全を確保しつつ労働できるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)」を負っています。 事故が発生した場合、従業員には労災保険給付が行われますが、労災保険給付では従業員の損害の全てが賄えるわけではありません。

企業側に過失が認められる場合、労災保険だけではカバーしきれない慰謝料などに関し、民事上の損害賠償を請求されるリスクがあります。

さらに、従業員に直接支払う賠償金だけでなく、事故対応のための人件費、製品の損費、災害による生産減少による損失などの間接コストの負担も生じます。

行政責任と社会的制裁

刑事責任、民事責任の他に、企業は行政責任と社会的制裁を受けることとなります。

  • 是正勧告と行政処分: 労働基準監督署による臨検が行われ、悪質な場合は作業停止等の行政処分を受けたり、社名が公表されたりすることがあります。
  • 入札停止・取引停止: 公共事業の入札参加資格が一定期間停止されるほか、コンプライアンスを重視する大手取引先から契約を打ち切られる実害が生じます。
  • 社会的責任:民事・刑事・行政上の責任を負うことになった企業に対する社会的な信頼性は低下することになります。
企業は行政責任と社会的制裁を受けることに


【役職別】法律が定める安全衛生管理体制と法的役割

労働安全衛生法では、事業場の規模に応じて組織的な安全管理体制を構築することを義務付けています。形骸化した名ばかりの選任は、事故時の責任追及をより厳しくする要因となります。

総括安全衛生管理者(工場長・事業部長クラス)

一定数の労働者がいる事業場では総括安全衛生管理者の選任が必須です。 役割は安全管理者、衛生管理者を指揮させるとともに、労働者の危険または健康障害を防止するための措置等の業務を統括管理することです。

具体的には、予算の執行権限や人事権を持つトップがこの職に就くことで、安全対策のための設備投資や人員配置を実効的なものにする責任を負います。

安全管理者と衛生管理者

総括安全衛生管理者に加え、安全管理者と衛生管理者が必要です。

  • 安全管理者: 設備の点検、作業方法の決定、安全教育の実施などを担当します。
  • 衛生管理者: 作業環境の測定、健康診断の実施、メンタルヘルス対策などを担当します。 いずれも、週に一度以上の職場巡視が義務付けられており、現場の生の声と不安全状態を把握する要となります。

産業医と衛生委員会の活性化

常時50人以上(一部業種は100人以上)の事業場では、産業医の選任と衛生委員会の設置が必要です。 衛生委員会は、毎月1回以上開催し、議事録を3年間保存しなければなりません。ここで「ヒヤリハット事例」を共有し、対策を協議していたかどうかが、企業の安全配慮義務の履行を証明する重要な証拠となります。

※参考:厚生労働省「総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者、産業医のあらまし

実務で必須の「リスクアセスメント」:手順と法的有効性

リスクアセスメントとは、現場に潜む「危険の芽」を事前に特定し、そのリスクの大きさに応じた対策を講じるなど、事業場にある危険性や有害性の特定、リスクの見積り、優先度の設定、リスク低減措置の決定の一連の手順です。2006年の労働安全衛生法改正以降、特定の危険有害性を有する化学物質を製造または取り扱うすべての事業場や、それらの化学物質を使用していない場合でも製造業等一定の業種において努力義務が課されています。

リスクアセスメントの具体的ステップ

  1. 危険性・有害性の特定: 「この機械に手が巻き込まれるのではないか」「この床で滑るのではないか」といった全ての不安全要素をリストアップします。
  2. リスクの見積り: 「負傷の重篤度(死亡〜軽傷)」と「発生の可能性(頻繁〜まれ)」を掛け合わせ、数値化・ランク付けを行います。
  3. リスク低減措置の検討及び実施: 法令に定められた事項については必ず対策することに加え、高リスクのものから順に対策を講じます。

リスク低減措置実施の優先順位(法令上の考え方)

対策を検討する際は、以下の優先順位を守ることが指針で定められています。

  • 第1優先: 危険な作業を自動化する、有害物質を使用しないなど。
  • 第2優先: 機械にガード(安全柵)を設置する、インターロックを導入するなど。
  • 第3優先: 安全マニュアルの作成、立入禁止区域の設定、教育の徹底。
  • 第4優先: ヘルメット、安全靴、防毒マスクの着用。

※参考:厚生労働省「危険性又は有害性等の調査等に関する指針

吉野モア法律事務所では、製造業の皆様向けの「コンプライアンスリスク診断」を承っております。どんなリスクが潜んでいるか、まずはチェックしてみたいという方はぜひお気軽にお問い合わせください。

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協力会社との契約と安全管理義務の範囲

多くの製造現場では、メンテナンス業者や派遣社員、協力会社の作業員が混在して働いています。ここで「他社の社員だから」という理屈は通用しません。

混在作業における元請けの義務

同一の場所で複数の業者が作業を行う場合、元請け(特定元方事業者)には、以下の義務が生じます。

  • 協議組織(安全連絡会議など)の設置と運営
  • 作業間の連絡調整
  • 作業場所の巡視(毎日1回以上)
  • 関係労働者に対する教育の指導・援助

「実質的な指揮命令」による責任の波及

契約形態が「業務委託(請負)」であっても、元請けの社員が直接下請け社員に指示を出している場合、元請け企業に直接的な安全配慮義務が生じる可能性があります。 不適切な混在作業や、偽装請負状態での事故は、元請け企業に対して極めて厳しい損害賠償責任を発生させる原因となります。

事故が発生してしまった際の初期対応とは?

万が一、重大事故が発生してしまった場合、初動がとても重要となります。

現場保存と労働基準監督署への報告

事故原因の究明を妨げないよう、警察や労基署の現況確認が終わるまで現場を動かしてはいけません。また、「労働者死傷病報告」の提出を遅らせたり、内容を偽ったりすることは「労災隠し」という犯罪行為になります。

被災者・遺族への誠実な対応

初期段階での説明不足や不誠実な対応は、後の感情的な対立を招き、訴訟へと発展する最大の要因です。しかし、会社としての法的責任を安易に認める発言は慎重に行う必要があり、誠実さと法的判断のバランスが求められます。

弁護士によるリーガルサポート

弁護士は以下のような場面で企業の盾となります。

  • 行政調査への立ち会い: 労基署の調査に対し、事実に基づいた適切な供述・資料提出をサポートします。
  • 示談交渉: 妥当な賠償額を算定し、円満な解決を目指します。
  • 再発防止策の策定: 法的な観点から「二度と事故を起こさない体制」を文書化し、社会的信用の回復を支援します。

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安全衛生管理体制チェックリスト

貴社の現場が法的なリスクにさらされていないか、以下の項目を確認してください。

  • 常時50人以上の現場で、産業医を選任し、月1回の衛生委員会を開催しているか?
  • 安全管理者・衛生管理者が週1回以上の現場巡視を行い、記録を残しているか?
  • 全ての作業工程についてリスクアセスメントを実施し、結果に基づいた改善を行っているか?
  • 機械の安全装置(インターロック等)を無効化して作業する慣習はないか?
  • 協力会社との混在作業において、毎日連絡調整会議を行っているか?
  • 雇入れ時や作業内容変更時に、法令で定められた項目について安全教育を実施しているか?

「コスト」ではなく「投資」としての安全管理を

安全管理体制の構築には、手間もコストもかかります。しかし、ひとたび重大事故が起きれば、その数倍以上、場合によっては数百倍の損失が企業を襲います。 「うちは今まで大丈夫だったから」という経験則は、現代のコンプライアンス環境においては通用しません。

法的な不備を放置することは、爆弾を抱えながら経営しているのと同じです。本記事で解説した管理体制の構築やリスクアセスメントの実施について、不安がある、あるいは現在の体制をチェックしておきたいという方は、ぜひお早めに弁護士へご相談ください。

記事監修

吉野モア法律事務所 代表

弁護士:吉野誉文

京都大学法科大学院卒業 大阪弁護士会所属。
2022年に吉野モア法律事務所を開所し、主に中小企業のコンプライアンス問題や外国人労働者等の労災・労務問題、事業リスク・事業開発に伴う法的アドバイス等を実施。
直近は「トラブルが起こる前に備える」企業法務を目指し、組織づくりや次世代経営者育成なども手掛けている。