【弁護士監修】部下のメンタル不調と管理職の責任 | 対応方法と就業規則

「部下の様子がおかしいが、どう声をかければいいか分からない」
「対応方法を間違えたら、自分や会社に責任が及ぶのではないか」

中小企業の管理職やマネージャー層の皆様から、よくこうした相談を受けています。実際に、うつ病などのメンタル不調を放置した結果、労災認定や損害賠償につながる事例は少なくありません。

そこで本記事では、弁護士としての実務経験や判例をもとに、部下のメンタル不調に直面した際の管理職の法的責任や対応時の注意点、会社が整えるべき就業規則やルール整備のポイントを解説します

記事監修

吉野モア法律事務所 代表

弁護士:吉野誉文

京都大学法科大学院卒業 大阪弁護士会所属。
2022年に吉野モア法律事務所を開所し、コンプライアンス問題や外国人労働者等の労災・労務問題、事業リスク・事業開発に伴う法的アドバイス等を実施。
直近は「トラブルが起こる前に備える」企業法務を目指し、組織づくりや次世代経営者育成なども手掛けている。

部下のメンタル不調を放置した場合の法的リスク

厚生労働省(※1)によると、精神障害に関する労災補償請求は年々増加しており、2024年度には過去最高の3,780件に達しました。2020年度の2,051件からわずか4年で約1.5倍に増えており、職場における精神的ストレスやうつ病のリスクは確実に高まっています。

特に注意すべきは、「本人が申告しないから大丈夫」と放置することが最大のリスクだという点です。社員本人は「頑張ります」「大丈夫です」と言い続けながら、実際には不眠や頭痛、気分の落ち込みといった症状が進行しているケースも少なくありません。

診断書がなくても「不調を放置した責任」を問われた事例

ある企業で、10年以上勤続した社員がうつ病を発症しました。本人は体調不良や欠勤について会社に伝えていたものの、うつ病の診断や通院している事実は申告していませんでした。会社は、「十分に状況を把握できていない」として業務軽減などの対応をとらず、結果として症状が悪化。最終的に解雇となりました。
これに対して裁判所は 「本人の申告が期待できない場合でも、必要に応じて業務を軽減するなど配慮義務がある」 と判断し、6,000万円以上の賠償責任を会社に命じました。

この判例が示すのは次の2点です。

  • 本人の申告がなくても「異変に気づいていた」時点で配慮義務がある
  • 「見て見ぬふり」が損害賠償に直結する

診断書がなかったとしても「異変に気づいていたのに対応しなかった」という事実こそが大きなリスクになるのです。

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精神疾患・うつ病と労災認定基準

メンタル不調が「労災」と認められるのは、どのような場合かご存じでしょうか。厚生労働省(※2)は精神障害に関する労災認定基準を定めており、大きく次の3つの要件を満たすことが必要です。

精神障害の労災認定要件

  1. 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
  2. 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  3. 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

つまり、労災認定は病名そのものよりも、発病の要因となった出来事がどれだけ大きなストレスに結びついたかに注目して判断されます。

強い心理的負荷とされる出来事の例

精神障害の発病の要因となった出来事の中でも、「強い心理的負荷」がかかるとされる出来事の代表的な例をいくつかご紹介します。

  • 月160時間を超えるような極端な長時間労働
  • セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントの被害
  • 業務で重大な事故や災害を経験した
  • 業務上の失敗により他人に大きな被害を与えてしまった
  • 過大な責任を負わされた

ここで重要なのは、「精神的にどれだけ負担がかかったか」が判断軸になっているという点です。例えば、仕事の失敗も、本人の能力不足とは切り離して「精神的ストレスが強かったかどうか」で労災認定が検討されます。

また、評価の際は接待・会食・出張・ゴルフなども「業務の一環」として労働時間に含まれる点や、単発の出来事だけでなく、長期間の過重労働や慢性的なハラスメントも対象になる点に注意が必要です。

管理職が取るべきメンタル不調社員への対応

これまでご説明してきた通り、部下のメンタル不調に気づいたとき、管理職が最初にどのように対応するかは非常に重要です。なぜならば、対応を誤れば「放置した」と見なされ、責任を問われる可能性があるからです。逆に、正しく対応できれば、社員の健康を守り、労務トラブルの未然防止に繋がります。

では、具体的にどのような対応を取るべきなのでしょうか。ここからは、現場で実践できる3つのポイントをご紹介します。

早期の声掛けが第一歩

少しでも異変を感じた時は、「最近、元気がなさそうだけど大丈夫?」など、シンプルな声掛けで十分です。重要なのは「あなたの変化に気づいている」ことを伝えること。放置するより、早めに対話のきっかけを作るほうが、社員が安心して相談しやすくなります。

特別扱いではなく、ルールに基づく配慮

メンタル不調を抱える部下に対して、“腫物に触る”ような対応は逆効果です。必ず、就業規則や会社のルールに基づいた業務調整や勤務制限を心がけるようにしましょう。

一人で抱え込まず、組織で対応する

特にメンタル不調のようにセンシティブな問題について、管理職だけで判断するのは危険です。人事部門や経営層、必要に応じて産業医とも連携し、組織として対応する体制を整えることが重要です。「自分で判断してよいのか」と迷う時点で、すでに組織として対応すべきタイミングと考えるべきです。

▼問題が大きくなる前に、まずは専門家に相談することも重要です。吉野モア法律事務所では初回無料でご相談をお受けしています。

会社として整備すべきルールと就業規則

部下のメンタル不調に対して、現場での声掛けや業務調整だけでは限界があります。ルールが曖昧なままでは、属人的な対応になりやすく、後に「不当解雇だ」「対応が不公平だ」と争いに発展しかねません。そこで不可欠なのが、会社全体で社員のメンタル不調が起こったときにどう支援できるかの仕組みを準備しておくことです。

リスク回避に必要な運用体制

具体的には、以下のような運用体制を整備しておくことがリスク回避に繋がります。

健康管理体制の整備

  • 定期健康診断の実施
  • 労働時間・休日・休憩の適切な管理
  • 残業禁止や業務軽減、配置転換といった柔軟な措置

体調不良に対応する仕組み

  • 社員・管理職への安全衛生教育
  • 産業医・ストレスチェックの活用
  • 勤務制限や柔軟な働き方(短時間勤務、テレワーク、部署異動など)

就業規則に明記すべきルール

運用体制の整備とあわせて、就業規則に明文化しておくべき項目もあります。特に欠勤や休職・復職に関するルールが曖昧だと、現場がその場しのぎで判断せざるを得ず、結果的にトラブルにつながりやすいのが実情です。

欠勤時のルール

「病気による欠勤」と「怠慢による欠勤」の線引きを明確にするためには、以下の点を明確化しておくことが重要です。

  • 病気による欠勤については、診断書の提出を求める
  • 診断書が提出されなければ「正当な理由のない欠勤」として扱えるよう、就業規則に明記しておく

休職ルール

休職ルールについては、以下の点を定めておくことがポイントです。

  • 休職可能期間の明確化(例:最長◯年)
  • 休職開始時に診断書を必須とする
  • 休職中は定期的な経過報告を求める

この定めがないと「復職意思はある」と言いながら実質的に働かない状態が長引き、会社も社員も不幸な結果になりかねません。

復職ルール

復職については、その基準を曖昧にしておくことで、復職を拒否した際に不当だと判断されてしまうリスクがある点に注意が必要です。

  • 復職可否の判断基準を明文化(産業医の意見を踏まえるなど)
  • 段階的な復職制度(短時間勤務からスタートする等)を設ける

休職・復職制度は本来「困っている社員を支援する仕組み」ですが、基準が不明確だと“悪用”も“不当扱い”も生じやすいのが現実です。だからこそ、就業規則に客観的なルールを定め、公平かつ一貫した運用ができる体制を作っておくことが重要です。

※労務トラブルを防ぐための就業規則の見直しについては、こちら(就業規則どこから見直す?労務トラブル予防のポイント)でも詳しく解説しています。

放置せず、ルールで守る

部下のメンタル不調は、どの会社でも起こり得る問題です。そして、対応を誤れば 労災認定や高額な損害賠償責任につながるリスクがあります。しかし、ルールを整備し、早期に気づいて対応することができれば、社員を守り、トラブルも未然に防ぐことができます。

吉野モア法律事務所では、こうした 「トラブルを未然に防ぐ」ことを大切に予防法務の観点でご支援することを心がけています。就業規則の見直しや体制づくりに不安がある方は、ぜひお気軽にご相談ください。

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