ハラスメント防止法と、服務規律で求められるハラスメント防止規定とは

企業が円滑に業務を遂行するためには、従業員の行動指針を明確に定める「服務規律」が不可欠です。服務規律は職場の秩序を維持し、業務効率化を促すだけでなく、職場内でのハラスメント防止の基盤となる重要な役割を果たします。

特に近年では、パワー・ハラスメント(パワハラ)、セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)、マタニティ・ハラスメント(マタハラ)など、多様なハラスメントが問題視されるようになりました。それに伴い、企業は適切な服務規律の整備と運用が求められており、不十分な場合、法的責任を問われる可能性が高まっています。

本記事では、ハラスメント防止法が企業に求めることや、ハラスメント防止規定の有無が企業に及ぼす影響について考察します。

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記事監修

吉野モア法律事務所 代表

弁護士:吉野誉文

京都大学法科大学院卒業 大阪弁護士会所属。
2022年に吉野モア法律事務所を開所し、コンプライアンス問題や外国人労働者等の労災・労務問題、事業リスク・事業開発に伴う法的アドバイス等を実施。
直近は「トラブルが起こる前に備える」企業法務を目指し、組織づくりや次世代経営者育成なども手掛けている。

ハラスメント防止法で求められていること

2020年6月に施行された改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)では、企業に対して以下の3つの対応を義務付けています。(※1)

  1. ハラスメント防止の方針を明確化し、社内周知・啓発すること
  2. 相談窓口を設置し、実際に機能させること
  3. 問題発生時には迅速な調査と適切な対応を取ること

これらの対策を講じない場合、企業名公表や是正勧告などの罰則が科される可能性があり、企業としての信頼を大きく失うリスクがあります。「うちは大丈夫」ではなく、すべての企業において、実効性のある施策を講じることが求められています。

ハラスメントに関する法的義務の全体像

ここでは、ハラスメントに関する法的義務について、代表的な3つのハラスメントに焦点を当ててご紹介します。

パワハラ防止措置

【法的義務の概要】

職場におけるパワハラ防止措置は、労働施策総合推進法に基づき事業主に義務付けられています。大企業では2020年(令和2年)6月1日から義務化が適用されました。遅れて、中小企業においても2022年(令和4年)4月1日をもって義務化され、全ての企業でパワハラ防止措置が必須となりました。

【事業主が講ずべき措置】

事業主が講ずべき措置は、厚生労働大臣が定める指針(※2)により、大きく以下の4つの柱で構成されています。

① 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
パワハラを行ってはならない旨の方針や、パワハラ行為者に対しては厳正に対処する旨の方針と対処の内容(懲戒規定など)を就業規則等の文書に規定し、労働者に周知・啓発することが義務付けられています。

② 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
労働者からの相談(苦情を含む)に適切に対応するため、相談窓口の設置や、相談に対応する担当者を定めるなどの体制整備が必要です。相談窓口の担当者に対しては、相談内容や状況に応じた適切な対応ができるよう研修などを行うことも求められます。

③ 事後の迅速かつ適切な対応
実際にパワハラが発生した場合は、事実関係を迅速かつ正確に確認し、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うとともに、行為者に対して適正な対処(懲戒処分など)を講じ、再発防止措置を講じることが必要です。

④ 併せて講ずべき措置
上記と併せて、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨を労働者に周知すること、および、相談したことや事実関係の確認に協力したことなどを理由とする不利益な取扱いを禁止し、その旨を周知・徹底することが義務付けられています。

セクハラ防止措置

【法的義務の概要】

職場におけるセクシュアルハラスメントの防止措置は、男女雇用機会均等法に基づき、全ての事業主に義務付けられています

【事業主が講ずべき措置】

厚生労働大臣が定める指針には、事業主が講ずべき具体的な措置として、以下の10項目が定められています(※3)。

① 事業主の方針の明確化及び周知・啓発
(1)セクハラを行ってはならない旨の方針明確化及び周知・啓発
(2)セクハラを行った者に対し厳正に対処する旨の方針等の規定化及び周知・啓発。

② 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
(3)相談窓口の設置など
(4)相談に適切に対応できる体制の整備。

③ 事後の迅速かつ適切な対応
(5)事実関係の迅速かつ正確な確認
(6)被害者への配慮措置
(7)行為者への適正な措置
(8)再発防止策を講ずること

④ 併せて講ずべき措置
(9)相談者・行為者等のプライバシー保護のための必要な措置およびその周知
(10)相談等を理由とする不利益取扱いの禁止及びその周知・啓発。

これらの措置は、性的言動によって労働者の就業環境が害されることを防ぐ目的で講じる必要があり、上記パワハラ防止措置の基本的な枠組みと同様です。

妊娠・出産・育児・介護関連の防止措置

【法的義務の概要】

妊娠・出産、育児、介護に関するハラスメントの防止措置は、それぞれ男女雇用機会均等法および育児・介護休業法に基づき、全ての事業主に義務付けられています。これらの法律では、上司や同僚からの言動により、妊娠・出産した女性労働者や、育児休業・介護休業等の制度を利用する労働者の就業環境が害されることのないよう、事業主に防止措置を講じることを義務付けています。

これは一般にマタニティハラスメント(マタハラ)、パタニティハラスメント(パタハラ)、ケアハラスメント(ケアハラ)の防止を目的としたものです。

【事業主が講ずべき措置】

事業主が講ずべき具体的な措置は、厚生労働大臣が定める指針(※4)に定められており、セクハラ防止措置と同様に、以下の5つの柱から成り立っています。概ねこれまで確認したパワハラやセクハラ防止措置指針と同様ですが、妊娠・出産等特有の義務(下記④)も含まれています。

① 方針等の明確化と周知・啓発
② 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
③ 事後の迅速かつ適切な対応
④ 職場における妊娠、出産等に関するハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための措置(業務体制の整備など必要な措置)
⑤ 併せて講ずべき措置(プライバシー保護、不利益取扱いの禁止等)

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服務規律におけるハラスメント禁止規定の重要性

企業がハラスメントを防止するためには、服務規律の中でその禁止を明確に規定しておくことが不可欠です。企業が服務規律にハラスメント防止のルールを定めることで、以下のメリットがあります。

  • 法的リスクの軽減:明確な規定があることで、企業が法的責任を問われるリスクを軽減
  • 職場環境の改善:ハラスメントを未然に防ぎ、従業員のモチベーション向上や離職率の低下に繋げる
  • 企業の信頼向上:外部からの評価が高まり、採用活動や企業イメージの向上に寄与

また、ハラスメント行為が発生した場合に適切な対応が取れるよう、就業規則には明確な処分基準を設ける必要があります。違反時の処分を明確にしておくことで、公平な判断が可能となり、企業の法的リスクを軽減することにも繋がります。

服務規律におけるハラスメント禁止規定の重要性

ハラスメントの防止措置を怠ると、企業は法的責任を負うだけでなく、職場の士気低下や人材流出を招く可能性があります。そのため、企業は明確なルールを設けるとともに、従業員が安心して働ける環境を整備する必要があることも留意しておきましょう。

防止規定の有無と事後対応が判決に影響した事例

ここでは、ハラスメント防止規定の有無や、ハラスメント発生後の企業の事後対応が、企業の責任追究に大きく影響を及ぼした判例をいくつかご紹介します。

【事例】セクハラ防止措置を怠った企業が、不法行為責任を負うとされたケース

職場のハラスメントに悩む女性社員

【概要】

ある企業で、上司が部下に対して繰り返し性的な言動を行い、被害者が精神的苦痛を受けていたものの、企業側はセクハラ防止のための就業規則や相談窓口を設置しておらず、具体的な対応を怠っていました。これについて「使用者は良好な職場環境を整備する義務を負う」として、企業の責任が認められました。(広島高判 平成16年9月2日 労判881号)

【ポイント】

本件では、企業がセクハラ防止のための相談窓口や教育研修を整備していなかったことが問題視されました。企業はハラスメント防止のために、予め相談体制を整備したり、ハラスメントが発生しないように従業員への研修等を行う義務があります。

【事例】過重労働とパワハラが原因で社員が自殺、企業の使用者責任が認められたケース

【概要】

運送会社に勤めていた従業員が、長時間労働の中で、上司からの厳しい叱責や人格否定を受け、自殺に至りました。裁判では、企業の「安全配慮義務違反」が認められ、企業に多額の損害賠償が命じられました。(仙台高判 平成26年6月27日 労判1100号)

【ポイント】

本件では、上司の厳しい叱責と過重労働が従業員の健康に悪影響を及ぼしたという因果関係が認められたことに加え、当該上司の使用人であることから、結果的に企業の責任が問われた点がポイントです。企業には、ハラスメントを生じさせない企業風土や環境づくりが求められています

【事例】妊娠中の業務転換を求めた労働者へのハラスメントが認められたケース

妊娠中の業務転換を求めた労働者へのハラスメントが認められたケース

【概要】

介護職として就業していた従業員が妊娠のため軽易業務への転換を求めたところ、企業側がこれを拒否。その上、時間給だった当該従業員の勤務時間を一方的に短縮したり、無視をするなどのハラスメント行為を行ったため、良好な職場環境を整備する義務を怠ったとして違法と判断されました。(福岡地裁小倉支判 平成28年4月19日 労判1140号)

【ポイント】

本件では、企業が妊娠中の労働者の健康に配慮し、適切な業務転換を行う義務があるにもかかわらず、これを拒否したことが問題視されました。また、妊婦に対して「妊婦として扱うつもりはない」「流産しても覚悟を持つべき」といった発言があった点が違法とされました。企業は妊娠・出産に伴う労働者の権利を尊重し、適切な業務調整を行うことが求められます。

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【事例】大学教授による学生へのハラスメント行為で降格処分が有効とされたケース

大学教授による女子学生へのハラスメント行為で降格処分が有効とされたケース

【概要】

大学教授が女子学生に対し不適切な言動を行い、大学側が懲戒処分を実施しました。この処分に対して教授は無効を訴えましたが、裁判所はハラスメント行為があったと認定し、処分の正当性を認めた事例です。(東京地判 令和元年6月26日 判タ1467号)

【ポイント】

本件では、教育機関においてもハラスメントの基準が適用され、教授などの権力を持つ立場の者の言動が厳しく審査されることが示されました。アカデミック・ハラスメントは法律上定義された用語ではありませんが、就業規則等においてアカデミック・ハラスメントの定義が規定されている場合は、懲戒事由の該当性を肯定することができます

まとめ:ハラスメント防止規定を防止対策の第一歩に

本記事では、主なハラスメントの種類と事例を紹介し、企業の責任や服務規律の重要性について解説いたしました。適切なルールを定め、従業員に対する教育や予防策を実施しておくことは、職場環境の健全化を図るためだけでなく、万が一ハラスメントが起こってしまった場合の法的責任にも関係する重要な取り組みです。

吉野モア法律事務所では、ハラスメント防止規定の作成からハラスメント発生時の対応まで、企業のハラスメント対策を全面的にサポートいたします。お困りの際は、お気軽にご相談ください。

※1: 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産等、育児・介護休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)」

※2: 厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」

※3: 厚生労働省「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」

※4: 厚生労働省「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」