中小企業経営者が知るべき「カスタマーハラスメント」とは

取引先にカスタマーハラスメントを受けたら

記事監修

吉野モア法律事務所 代表

弁護士:吉野誉文

京都大学法科大学院卒業 大阪弁護士会所属。
2022年に吉野モア法律事務所を開所し、コンプライアンス問題や外国人労働者等の労災・労務問題、事業リスク・事業開発に伴う法的アドバイス等を実施。
直近は「トラブルが起こる前に備える」企業法務を目指し、組織づくりや次世代経営者育成なども手掛けている。

近年社会問題化しているカスタマーハラスメント(カスハラ)は、単なるクレーマー対応ではなく、企業の存続にも関わる重大な労務リスクです。本記事では、カスハラとは何かという定義から、従業員を守るために経営トップが今すぐ着手すべき対策まで、法律の視点から分かりやすく解説します。

カスハラとは何か?「正当なクレーム」との決定的な線引き

厚生労働省によるカスハラの正確な定義と構成要素

まず、カスハラとは何か、その定義を正確に理解することが重要です。カスタマーハラスメント(カスハラ)は、顧客等からの著しい迷惑行為のことで、厚生労働省の示す定義を踏まえると、以下の3つの要素をすべて満たす行為を指します。

  1. 顧客等(取引先、利用者など)が行うこと
  2. 要求の内容の妥当性に照らして、その要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであること
  3. 上記行為により、労働者の就業環境が害されること

ここでいう「手段・態様が社会通念上不相当」とは、「そのやり方が常識からかけ離れている」という意味ですつまり、要求内容が正当かどうかに関わらず、「やり方」が悪質であればカスハラに該当します。

「お客様からの意見」と「悪質な迷惑行為(カスハラ)」を見極める3条件

「カスハラはどこからと判断すれば良いか」は、経営者が最も悩む点です。現場の従業員を迷わせないためにも、以下の3つの条件を基準に見極めましょう。

条件悪質な迷惑行為(カスハラ)の傾向
① 要求内容正当な理由のない金銭要求、過度な謝罪や土下座の要求、制度上不可能な要求など、企業側のミスと無関係な要求が多い。
② 手段・態様暴言、大声、威嚇、長時間拘束(電話・居座り)、人格否定など、相手に精神的・身体的な苦痛を与える手段を用いる。
③ 目的サービスの改善ではなく、従業員を威圧し、自己の欲求を強制的に通すこと、または憂さ晴らしが主目的となっている。

真摯なクレームは「サービスの改善」を目的としますが、カスハラは「手段・態様の悪質性」により従業員の尊厳を侵害し、就業環境を悪化させることが決定的な違いです。

▼カスハラへの適切な対応方法に関しては、以下の関連セミナーも是非ご確認ください。

カスハラに該当し得る具体的な行為の例

以下のような行為は、たとえ企業の落ち度から始まったとしても、カスハラとして対処すべきであるケースが多くなります。

  • 身体的・精神的な攻撃: 暴行、脅迫、「殺すぞ」といった発言、人格を否定するような暴言。
  • 長時間・執拗な拘束: 1時間を超える長時間の電話や居座り、執拗な謝罪の要求。
  • 過度な要求: 土下座の強要、相場からかけ離れた高額な金銭要求。
  • 権威の濫用・個人攻撃: 自身の地位やSNSの影響力を示唆して特別扱いを要求、従業員の氏名をインターネット上に晒す行為。

「お客様は神様」を貫くことの法的・経営的リスク

カスハラへの毅然とした対応を躊躇し、取引がなくなることを恐れて放置することは、結果的に会社に大きな法的・経営的リスクをもたらします。ここでは、具体的なリスクと責任について解説します。

中小企業が負う「安全配慮義務」と損害賠償責任

企業(事業主)には、労働契約法に基づき、従業員が安全で健康に働けるよう配慮する義務(安全配慮義務)があります。

カスハラ対策を怠り、従業員が精神疾患を発症するなど健康被害を受けた場合、企業は安全配慮義務違反として、従業員から損害賠償請求を受ける可能性があります。従業員を守ることは、法律上の会社の義務なのです。

従業員のメンタルヘルス悪化と人材流出リスク

悪質なカスハラに繰り返しさらされると、従業員は業務への集中力や意欲を失い、精神疾患(適応障害、うつ病など)を発症するリスクが高まります。「会社が守ってくれない」と感じた従業員は、離職を選択します。これは、経験豊富な人材の流出と、悪評による新規採用の困難という、中小企業にとって致命的な経営リスクとなります。

うつ病になってしまった従業員

※従業員がうつ病等のメンタル不調を訴えた場合の対応については、こちらの記事(部下がうつ病になった際の管理職の責任)もご覧ください。

刑事罰・民事訴訟リスクと信用毀損行為(SNS等)

カスハラ行為が犯罪に該当する場合、企業は被害を受けた従業員に代わって、または企業自身が、加害者に対して法的措置を講じる必要があります。

  • 刑事罰: 暴行罪、脅迫罪、名誉毀損罪、威力業務妨害罪など。特にSNS等での誹謗中傷や信用毀損行為は、企業のブランドイメージを著しく低下させます。
  • 民事訴訟: 損害賠償請求や、悪質な行為の差し止め請求など。

これらのリスクから従業員と会社を守るためには、組織としての毅然とした対応が不可欠です。

経営トップが決定すべきカスハラ対策の基本戦略

カスハラ対策で最も重要なのは、専門的な法律の知識よりも、経営トップが方針を決め、それを現場で実行できる体制を整えることです。具体的には以下の点で対策を検討されることを強くお勧めします。

1. 従業員を守る「会社の基本姿勢」の策定と対外的公表を行う。

経営トップのメッセージとして、カスハラに対する対応方針を周知するほか、会社のウェブサイトやポスターなどでカスハラ行為を禁止する旨を公表します。

2. 現場の従業員に判断を委ねず、組織として動くためのルールを整備する

カスハラが疑われる対応は、必ず上司や複数名で行う体制を義務付けたり、エスカレーションの基準を明確化したりと、具体的なルールを策定し、マニュアル化します。

3. BtoB取引においても、取引の見直しも含めた毅然とした対応方針を策定する。

一般消費者だけでなく、取引先についても「要求が業務の適正な範囲を超えているか」を判断基準とし、優越的地位の濫用に該当する場合の対応方針をルール化しておきます。

まとめ:従業員を守る経営は未来への「投資」です

「お客様は神様」という考え方は、企業の成長を支える人を守る上では通用しません。カスハラ対策は、従業員の心身の健康を守り、企業の持続的な成長を可能にする未来への投資です。まずは、基本方針の策定と現場ルールの見直しから着手し、従業員にとって安心できる職場環境の構築を目指していきましょう。

「具体的な方針策定はどうすればいい?」「悪質なカスハラへの法的措置を検討したい」など、貴社の労務・法務に関するお悩みは、ぜひお気軽にご相談ください。