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企業におけるハラスメント対策は、「起きないようにする」ための予防策だけでなく、「起きてしまった後の対応」も極めて重要です。特に、パワハラやセクハラなどの事案が発生した際に、いかに迅速かつ適切に対応できるかが、企業の信頼性や法的リスクを左右します。
近年では、いわゆる「パワハラ防止法」で中小企業を含むすべての企業にハラスメント相談窓口の設置が義務化されたこともあり、相談窓口を設置している企業は増えていますが、「相談窓口を設置しているが形骸化している」「被害者が相談しづらい環境にある」「対応担当者が正しい対処法を知らない」といった課題を抱える中小企業が少なくありません。
本記事では、相談窓口の機能不全によって企業が負うリスクや、実効性のある事後対応フローの構築方法、窓口担当者が避けるべきNG対応などを、実例とともに解説します。
ハラスメントの発生自体を防ぐための社内ルール整備や、服務規律の整え方については、こちらの記事(企業の秩序を守るために不可欠な「服務規律」とは?)もあわせてご覧ください。
2022年4月から、改正労働施策総合推進法、いわゆる「パワハラ防止法」により、ハラスメント相談窓口の設置が義務化されました。これにより、企業は単に就業規則で禁止を定めるだけでなく、相談体制の整備や実効性ある運用が求められるようになっています。
具体的には、企業に対して以下の対応が求められています:
(参照:職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産等、育児・介護休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント))
「義務を果たせばそれで終わり」ではなく、「実際に相談が機能しているか」が問われる時代です。とくに中小企業では、限られた人員・リソースのなかでどのように相談窓口を整えるかが、企業の信頼性やリスク管理に直結します。
ハラスメントは、起きたこと自体が問題なのではなく、その後の企業対応次第でトラブルが深刻化し、法的責任や組織全体への悪影響に発展する可能性を持っています。特に相談の初期段階での対応ミスや、対応フローの未整備が、企業にとって取り返しのつかない結果を招くこともあります。
ここでは、実際の裁判例をもとに、企業が事後対応を誤ったことで直面しやすい代表的なリスクを3つご紹介します。
経済的損失|数百万円〜数千万円単位の賠償命令も
事後対応を怠った結果、加害者本人だけでなく企業や管理職にも賠償責任が認められるケースは珍しくありません。たとえば、とある病院の判例では、いじめやパワハラを放置した病院に対し、1000万円の損害賠償が命じられました。もし相談窓口や内部通報制度が機能していれば、この賠償命令を防げた可能性があると指摘されています。
企業の責任が認められた具体的な判例については、こちらの記事(ハラスメント防止のための服務規律と企業の対応策【前編】)でもご紹介しています。
組織内への悪影響|放置がもたらす職場全体のモラル低下
ハラスメントが疑われる事案に対し、初期対応を怠ると、被害者のメンタル不調や離職、職場の士気低下といった組織全体への負の連鎖を引き起こします。上司の不適切な指導や、私生活にまで及ぶ強制・同調圧力などを見過ごすことで、「会社は何もしてくれないのか」という不信感が募り、健全な企業風土の維持・構築が困難になります。
社会的信用の失墜|ネットや報道で企業名が拡散する時代
ハラスメントの対応を誤ると、賠償や社内への悪影響だけでなく、報道やSNSで企業名が広まり、長期的な風評被害につながる恐れもあります。実名報道や労基署の調査・公表に発展し、採用活動や取引にも影響を及ぼす可能性があります。
ここまでご紹介してきたリスクを最小限に抑えるためには、「何かあったときにどう動くか」を明確にしておく必要があります。特に、ハラスメントの早期発見と適切な対応の鍵を握るのが「相談窓口」の存在です。
初期段階で問題を把握できる
多くのハラスメント事案では、被害者は長期間悩みを抱え続け、限界を迎えてから退職や法的措置に踏み切ります。「少しおかしいな」と感じた段階で相談できる環境があれば、深刻化を防げる可能性が高まります。
社内での早期解決が可能になる
初動対応が早ければ、マネジメントの指導や配置転換など、社内で完結できる「実質的な解決」が可能になります。 逆にタイミングを逸すれば、労働審判や訴訟に発展するリスクが高まります。
企業として「適切な対応をしている」という証明になる
相談窓口の整備と運用状況は、企業のコンプライアンス体制として対外的にも評価される要素です。 厚生労働省も、相談窓口の設置・運用をハラスメント防止義務の一環として求めていることから、指導・監督の対象にもなり得ます。
多くの企業が「相談窓口の設置」自体を目的化してしまいがちですが、重要なのは“実際に機能しているか”どうかです。せっかく相談窓口を設置しても、機能不全のままでは逆にリスクを高めてしまう恐れがあります。
特に中小企業の現場では、「一応相談窓口は設けているが、実際には活用されていない」「相談内容が社内に漏れそうで怖くて誰も利用しない」といった声がよく聞かれます。相談窓口は設けたものの、誰からも相談が寄せられない、対応が形ばかりで終わってしまう――そんな状態に陥る背景には、次のような課題が潜んでいます。
相談窓口を“機能”させるためには、相談受付から対応完了までの流れを明確に設計し、組織内で共有・運用することが不可欠です。ハラスメント発生時の初動対応から再発防止まで、一般的には以下の5段階で進めます。
相談受付:相談窓口が最初の接点となり、相談者の話を丁寧に聴き取ります。守秘義務・プライバシー保護・不利益取り扱いの禁止について、初めに明確に伝えることが重要です。厚生労働省が出している対策導入マニュアルなども参考にしながら、相談窓口担当者のマニュアル等を整備していきましょう。(参考:厚生労働省 ハラスメント関係資料ダウンロードコーナー)
社内報告と対応責任者の設定:相談内容に応じて、あらかじめ定めた責任者(例:人事部長、総務責任者など)へ情報を報告。対応の主導権を誰が持つかを明確にします。
事実調査と証拠の収集:相談者・加害者・第三者(同僚や上司など)からのヒアリング、必要に応じたメール・メモ等の証拠確認を行います。この調査には、できる限り中立的な第三者(弁護士など)が入るのが望ましいです。
会社としての判断と処遇決定:事実関係に基づき、再発防止措置・加害者への指導や懲戒・被害者への配慮(配置転換など)を決定します。就業規則や懲戒処分規定に則った合理的な処分であることが重要です。
相談者への結果報告と再発防止策の実施:調査結果や処分内容を(可能な範囲で)相談者に伝え、組織全体として再発防止策を講じます。対応が終了しても、「もう大丈夫」と感じられる環境づくりが求められます。
また、対応フローは形式的に文書化するだけでは不十分です。実際に運用され、組織内で“生きた仕組み”として機能することこそが、ハラスメントリスクを最小限に抑える鍵となります。
形骸化を防ぐためには…
これらの取り組みもあわせて行うことが大切です。
フローの中でも初動となる「相談受付」は、その後の対応すべてに影響します。ここでの対応が相談者の信頼を左右し、相談内容の深度や今後の対応のしやすさにも直結します。以下は、相談受付時に押さえるべき重要なポイントです:
このように、初動の段階から相談者の信頼を得る工夫と、社内で迅速に対応へつなげる体制整備の両輪が不可欠です。
相談窓口担当者が陥りやすいNG対応
相談窓口担当者の言動ひとつで「もう二度と相談したくない」と思われてしまうことは珍しくありません。特に以下のような対応は、相談者の不信感や二次被害を招き、企業にとっても大きなリスクとなります。
NG① 証拠があるの?と聞く
「証拠はありますか?」という質問は、一見合理的に思えるかもしれませんが、相談者にとっては「信じてもらえない」と感じる大きな要因になります。相談の初期段階では、証拠の有無よりもまず“丁寧に話を聞く”姿勢が重要です。
NG② 話を聞くだけで何の対応もしない
せっかく勇気を出して相談したのに、「聞いて終わり」では信頼は得られません。相談者には「会社としてどのように対応していくのか」「今後どういうステップを踏むのか」を明確に伝え、対応の意思を示す必要があります。
NG③ 加害者と直接話し合わせようとする
「話せばわかる」「直接話し合えば解決する」と考え、加害者と被害者を面談させることは避けなければなりません。両者の関係が悪化する恐れがあり、相談者の心身への負担も非常に大きくなります。
NG④ 曖昧な聞き取りで終わらせる
「なんとなく辛そうだな」という感覚だけで終わらせてしまい、具体的な事実確認を怠ると、実効的な対応にはつながりません。いつ、どこで、誰に、どんなことをされたのか。できる限り具体的な情報を聞き取ることが必要です。
こうしたNG対応を防ぐには、「話を否定しない」「守秘義務を強調する」「相談者の自己決定権を尊重する」という基本姿勢を徹底することが欠かせません。また、対応者自身が「すべてを自分で解決しなければ」と思い込まず、会社としての対応フローに則り、必要に応じて専門家の助言を仰ぐことも重要です。
ハラスメントが発覚した後の対応では、「被害者のケア」と「加害者への処分」の両方が重要です。いずれか一方に偏った対応は、新たなトラブルや法的リスクにつながりかねません。ここでは、それぞれの対応における基本的な視点と判断基準を解説します。
被害者対応では、精神的なサポートはもちろん、「会社として守ってくれている」という安心感を与える意識も必要です。具体的には、以下のような対応が求められます。
一方で、加害者への処分に関しては、法的な妥当性と社内規程に則った手続きが欠かせません。処分が無効とされないためには、以下の基準に基づいて冷静に判断する必要があります。(労働契約法第15条に基づく合理性の確保が必須)
上記のポイントをおさえて適切な被害者支援と加害者対応を行うことで、被害の深刻化や企業への法的リスクを防ぐことができます。
ハラスメント相談窓口は、単にパワハラ防止法における設置義務を果たすためのものではなく、企業の信頼と健全な職場環境を支える重要な仕組みです。
機能する窓口のためには、担当者の適切な初期対応、NG対応の回避、相談後の誠実なフォロー、そして被害者・加害者それぞれに対する慎重かつ公平な対応が求められます。
「もしもの時」の備えではなく、日常的に相談できる安心感のある環境を整えることが、ハラスメントの深刻化を防ぎ、従業員の定着やエンゲージメント向上にもつながります。いざという時に機能する相談窓口になっているか、今一度確認してみてはいかがでしょうか。
弁護士 吉野 誉文
Q1. 中小企業などの小規模な組織で相談窓口を設置しても、上司や人事に内容が伝わってしまいます。どうすれば良いでしょうか?
A. 小規模組織では情報の守秘性が課題となります。そのため「どのような相談があっても、関係者以外に開示しない」「不利益な扱いはしない」という運用ルールを明文化し、従業員に周知することが重要です。実績を積み重ねることで「相談しても大丈夫」という信頼を醸成することが、結果的に一番の解決策となります。
Q2. ハラスメントの相談を受けたら、すぐに加害者に事実確認しても良いですか?
A. いきなり加害者とされる人に接触するのは望ましくありません。まずは相談者から丁寧に状況を聴取し、必要に応じて同意を得たうえで事実確認を進めていくことが適切です。相談者の意向を尊重しながら、慎重に対応してください。
Q3. 加害者が「自分は悪くない」と主張している場合でも、懲戒処分は可能ですか?
A. 可能です。ただし、処分には事実調査と合理的な判断が必要です。感情的な判断や一方的な処分は、逆に法的リスクを生むことがあります。懲戒処分規程に基づき、客観的な証拠や事情を踏まえて対応することが重要です。
Q4. 被害者が「社内に知られたくない」と言った場合、調査はできないのでしょうか?
A. このようなケースでは、加害者への対応や再発防止策が難しくなります。まずは相談者とよく話し合い、可能な対応方法について信頼関係のもとで検討します。完全に非公開のまま全ての対応を取ることは困難であるため、その点も含めて丁寧に説明しましょう。
Q5. 第三者証言や証拠がない場合、どのように対応すべきですか?
A. 証拠がない場合でも、まずは相談者の話を傾聴し、調査できる範囲で事実確認を進めましょう。証拠が乏しい場合は「ハラスメントと認定できない」と判断せざるを得ないこともありますが、その後の対応として、組織全体に向けた再発防止のメッセージなどを発信することが有効です。
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