パワハラと指導の境界線は?中小企業が知るべきハラスメント対策

近年、ハラスメント問題は企業経営において無視できないリスクとなっています。「うちは大丈夫」と思っていても、適切な対策を取らなければ、1つの対応ミスが大きな経営ダメージにつながる可能性があります。

本記事では、ハラスメント対策がなぜ経営の利益向上に繋がるのか、特に中小企業が注意すべきポイントや信頼経営を実現するために必要な具体策を解説します

記事監修

吉野モア法律事務所 代表

弁護士:吉野誉文

京都大学法科大学院卒業 大阪弁護士会所属。
2022年に吉野モア法律事務所を開所し、コンプライアンス問題や外国人労働者等の労災・労務問題、事業リスク・事業開発に伴う法的アドバイス等を実施。
直近は「トラブルが起こる前に備える」企業法務を目指し、組織づくりや次世代経営者育成なども手掛けている。

ハラスメント対策が利益に直結するメカニズム

ハラスメント対策を放置すると起こるリスク

ハラスメントが発生した場合、企業には金銭的損失にとどまらず、従業員の士気低下や離職率の上昇、訴訟リスクの増大といった問題が生じます。

パーソル総合研究所の調査(2022年)によると、年間86.5万人がハラスメントが原因で退職しており、職場環境が悪化することで従業員のパフォーマンスも通常の78.1%に低下することがわかっています。

ハラスメントが発生すると、次のような負のスパイラルに陥ります。

  • 社員の士気が低下し、生産性が落ちる
  • 離職率が上昇し、採用・育成コストが増加する
  • 労働紛争・訴訟リスクが高まり、企業の評判が悪化する

しかし裏を返せば、ハラスメントの防止による経営的なメリットも大きいといえます。従業員の定着率が向上すれば採用コストの削減に繋がり、従業員のパフォーマンスを向上させ、結果として業績向上に繋がる可能性も高まります。また、働きやすい職場環境を整えることで、企業ブランドの価値が向上し、優秀な人材の確保にも有利になります。

今や、ハラスメント対策は「法令順守のためのコスト」ではなく、「未来への投資」として捉えるべき時代になっています。

パワハラの判断軸と指導との線引きは?

ハラスメントとは、相手の意に反する行為によって不快にさせたり、相手の人間としての尊厳を傷つけたり、脅したりすることを指します。たとえ不快にさせようと思って発言したことでなくても、相手が不快な感情を抱けばハラスメントとされる可能性がある点がポイントです。

特にパワハラについては、「指導」との線引きが難しいと感じるケースも多いと思いますが、基本的には以下3つの観点から線引きが判断されます。

  1. 指導目的がある(従業員の能力向上や業務遂行が目的か?)
  2. 目的に照らして必要な言動である(職務遂行に必要な範囲内で行われているか?)
  3. 言動が人格的な攻撃ではない(必要以上に厳しい口調・言葉遣いになっていないか?)

特に経営者や管理職の皆様は、まず上記の基準を理解した上で、指導方法やコミュニケーションの取り方を意識する必要があります。

▶ 関連記事:ハラスメントの種類や定義についてのガイドはこちら

では、以下のケースにおける発言が「指導」か「パワハラ」か考えてみましょう。

診療情報管理士であるXはY1(所属の先輩)とY2(所属部の部長)より、次のような指導を受けていた。

Y1 「最低限日常業務くらいはやってくれないと困る」「(グループワークについて)あんなんじゃ全然ダメに決まっている、クオリティーが低いんですよ」

Y2 「あなた方のやりかたは気に入らない」「ハードルも低いし、これくらいのレベルならあなたでも書けるでしょ」※4か月間8回にわたり叱責を行った

宇都宮地栃木支判平31・3・28

このケースにおいては、Y1の発言は人格否定とまではいかず、個別具体的な業務内容に関する指示であるとしてパワハラとは認定されませんでした。一方、Y2の発言については、個別具体的な業務内容に関する指示ではなく人格否定であることからパワハラと認定され、慰謝料として30万円の支払い命令が下されました。

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中小企業だからこそ起こりがちな落とし穴

ここからは、特に中小企業が陥りやすいハラスメントの落とし穴についても触れていきます。

アットホームな職場ほど、境界線が曖昧になりやすい

中小企業では、社員同士の距離が近く、「冗談のつもり」や「昔からのやり方」がハラスメントに受け取られるケースが少なくありません。

例えば、

  • 「冗談のつもり」だった発言がパワハラと認定される
  • 相手のために厳しく指導したつもりが、人格否定と受け取られる

など、アットホームな職場であればあるほど、経営者や管理職は「業務指導」と「パワハラ」の違いを明確に理解し、適切なコミュニケーションを意識する必要があります。

人手不足がハラスメントリスクを助長する

中小企業において特に深刻なのが、慢性的な人手不足です。仕事が属人化し、特定の社員に過度な負担がかかると、無意識のうちに厳しい指導をしてしまうケースも多くみられます。また、業務効率化を推進する過程でプレッシャーをかけすぎた結果、厳しい指導がパワハラに繋がるリスクもあります。

相談窓口が機能せず、問題が深刻化

ハラスメント相談窓口をきちんと設置している企業もありますが、実際は機能していないというケースも多く見られます。
「相談したところで何も変わらない」「誰が見ているかわからないから怖くて言えない」といった声が上がる職場では、問題が水面下で悪化し、突然の訴訟リスクを生む可能性があります。

▶ 関連記事:機能するハラスメント相談窓口の作り方はこちら

▶関連セミナー:「風通しの良い職場」を目指す相談窓口運用セミナーはこちら

人材流出を防ぐ「信頼経営」の作り方

ハラスメントを防ぐだけでなく、経営者自らが積極的に動くことで、従業員が安心して働ける「信頼経営」を実現できます。
具体的には、以下の4つのポイントが重要です。

  1. 経営トップが「ハラスメントゼロ」を明言する
  2. 相談窓口を「安心して利用できるもの」にする
  3. 管理職に「指導とパワハラの違い」を教育する
  4. ハラスメントの初期対応フローを整備する

経営トップが「ハラスメントゼロ」を明言する

ハラスメント対策は、企業トップが「本気で取り組む」と発信しないと、社内に根付くことはありません。まずは経営者が「ハラスメントを許さない」方針を明確に打ち出すことが重要です。

管理職に「指導とパワハラの違い」を教育する

経営トップが方針を示した上で、管理職が適切に指導できるスキルを持つことも不可欠です。「厳しい指導をするとパワハラと言われるから怖い」とコミュニケーションを割けてしまうのではなく、適切な指導スキルを管理職が身につけられるよう、定期的な研修や部下の意見を傾聴し、フィードバックを行えるような文化醸成も必要です。

相談窓口を「安心して利用できるもの」にする

ハラスメントが起こった際に整備が必要な相談窓口について、設置することはもちろんですが、実際に利用できる状態をつくっておくことも重要です

特に必要な対応は以下です。

  • 匿名相談が可能な外部窓口を設ける
  • 相談した社員が不利益を被らない仕組みをつくる
  • 定期的に社内で周知し、利用を促す

ハラスメントの初期対応フローを整備する

相談窓口の設置にも通じていますが、万が一ハラスメントが起こってしまった場合の対応フローを整備しておくことも極めて重要です。

基本的な対応フロー

  1. 初期対応:被害者へのサポートと加害者への対応を迅速に行う
  2. 事実調査:客観的な事実関係を調査し、証拠を収集する
  3. 懲戒処分:調査結果に基づき、必要に応じて懲戒処分を実施する
  4. 再発防止:再発防止策を講じ、同様の事件が起きないように対策を強化する

これらのフローを整備した上で、発生時の対応手順を明文化するとともに、再発防止策についても定期的な見直しが必要です。

まとめ:ハラスメント対策で信頼経営を目指す

ハラスメント対策は、単なる「法令順守」ではなく、企業価値を高め、業績向上にも直結する重要な経営戦略です。
経営者が主体的に動き、組織全体で「信頼経営」を築くことで、社員の定着率向上・生産性向上・ブランド力強化につながります。

今すぐ出来るアクション

  • 管理職向けにハラスメント対策研修を実施する
  • 相談窓口を見直し、安心して利用できる環境を整備する
  • 「指導とパワハラの違い」を明確にし、適切な職場文化を醸成する

各社の状況に応じて、まずは最初の一歩を踏み出してみていただければと思います。

ハラスメント対策の見直しや、具体的な対策の導入について悩まれている企業様は、吉野モア法律事務所までお気軽にご相談ください。