【弁護士監修】外国人雇用における労災と予防策

日本国内の労働力不足が深刻化する中、外国人材の採用は多くの企業にとってますます現実的かつ重要な選択肢となってきています。2024年1月時点の外国人労働者数は約230万人と過去最多を更新しており、その増加傾向は今後も続くと見込まれています(※1)。

しかし、外国人雇用は、異なる言語・文化や法制度を持つ人材を受け入れるという観点で、予期せぬトラブルに直面する可能性を孕んでおり、企業は適切な法的対応と職場環境の整備が求められます。本記事では、特に労働災害に焦点をあて、外国人雇用でよくある労災トラブルと、それらを未然に防ぎ、適切に対応するための予防策について解説します。

記事監修

吉野モア法律事務所 代表

弁護士:吉野誉文

京都大学法科大学院卒業 大阪弁護士会所属。
2022年に吉野モア法律事務所を開所し、コンプライアンス問題や外国人労働者等の労災・労務問題、事業リスク・事業開発に伴う法的アドバイス等を実施。
直近は「トラブルが起こる前に備える」企業法務を目指し、組織づくりや次世代経営者育成なども手掛けている。

外国人労働者の労働災害の現状

近年の外国人労働者の増加に伴い、外国人労働者の労働災害に関するリスクも指摘されています。厚生労働省のデータによると、令和5年の外国人労働者の労働災害の発生件数は製造業が最多で、次いで建設業、陸上貨物運送事業が続いており、事故の類型では「はさまれ、巻き込まれ」が最多の24.0%、次いで「転倒」が13.9%を占めています(※2)。

労災が発生しやすい背景としては、以下の点が指摘されます:

  • 業務経験の浅さ
  • 言語の壁による安全情報の伝達不足
  • 安全衛生教育の理解度の高さ
  • 危険への感受性の違い

実際に起きた労災事例と損害額

ここで、外国人労働者が関与した実際の労災事故の一例をご紹介します。

    事例1:一部上場の製造業における機械事故(指欠損)

    砂利を混ぜる機械が動かなかったため外国人労働者が手を入れたところ、機械が突如動き出し指を3本欠損。示談書を作成していたが、企業からの適切な説明及び金額の支払いがなかったことから事件化し、損害賠償は約2400万円となった。

    ▼事例2:製造加工業における機械事故(指欠損)

    外国人労働者が、防護手袋を未着用のまま高圧の散水ホースにて清掃していたところ、誤って散水口を指の一部で握ってしまい、指を欠損。企業側の説明を受けるも納得せず事件化し、結果約600万円の賠償命令となった。

    ▼事例3:建設業における墜落事故(腰椎骨折)

    病院の解体工事中に、外国人労働者が2階の天窓から落下し腰椎を負傷。本人は労災保険のみの対応では不十分として事件化。企業は約350万円の賠償責任を負った。

    これらの事例では、企業の安全配慮義務の不履行が争点となることが多い。事故後の説明・対応の不備が感情的対立や事件化を招いています。また、事故後だけでなく、日々のコミュニケーション不全とそれによる不満の蓄積も背景となっており、普段から外国人労働者が満足して働ける環境を整えておくことも、トラブル防止のためには必要です。

    安全配慮義務と企業の責任

    労働契約法第5条では、使用者に対し「安全配慮義務」を課しています。安全配慮義務の具体的内容は、労働者の具体的な職種や労務内容、労働災害の種類等に応じて異なりますが、事故型の労災事案の場面では、特に、以下の3つの観点から、安全確保の体制を整備することが求められます。

    1. 物的環境を整備すべき義務
    2. 人的配置を適切に行う人的整備義務
    3. 安全教育の義務

    物的環境を整備すべき義務

    一つ目は、物的環境の整備に関する義務で、主に施設の整備・点検義務、道具・機器等の安全整備義務等のことを指します。機器が正常に機能するように定期点検を行うことや、安全装置が作動する状態になっていること、また、危険個所の視覚的表示やポスターの掲示等を行っているかがポイントになります。

    人的配置を適切に行う人的整備義務

    二つ目は、人的な整備に関する義務で、適切な人員配置を行い適任者に機器を使用させることや、安全に作業しているかを監督する人の配備を行っているかどうか等がポイントになります。

    安全教育の義務

    最後は、安全教育の実施の義務および適切な業務指示の義務です。作業標準書等を作成していることや、巻き込み防止のための指導を行っているかがポイントになります。

    なお、外国人労働者の場合、一般的な教育内容では不十分とされるケースもあり、実際に次のような判例も存在します:

    Cは、原告が本件機械を使って作業を開始する前に実際に作業を行って作業手順を教えた上、原告に実際に作業を行わせ,教えた通りに作業を行っていることを確認している。

    しかし、原告は中国人であり、日本語をほとんど理解できず、また、研修生として来日した者であることを考慮すると、作業手順や注意事項及び事故発生時における対応等について、中国語で記載した書面を交付するか、中国語で説明した上、その内容・意味を正確に理解していることを確認するのでなければ、安全教育としては不十分であって、安全配慮義務を尽くしているとはいえないというべきである。

    (名古屋地方裁判所平成22年(ワ)第7512号 損害賠償請求事件 平成25年2月7日)

    このように、外国人労働者の日本語能力によっては理解可能な言語での教育提供と、理解度の確認が不可欠です。

    特に外国人労働者の場合、言語や文化の違いにより、一般的なマニュアルや指示だけでは安全を十分に確保できないことが少なくありません。上記の判例のように、「理解できる言語で説明しているか」「理解できたことを確認しているか」が問われる時代です。そのため、企業としては以下のような対応策をとる必要があります。

    ▼企業がとるべき具体的な対応策:

    • 多言語(母語)での安全マニュアル・映像教材の整備
    • 通訳やバイリンガル社員の配置
    • 作業前の“理解度チェック”の導入(口頭確認やテスト形式)
    • 文化的背景に配慮したコミュニケーション研修の実施

    ハラスメント防止と文化摩擦への配慮

    労災に付随して注意しておきたいことの一つとして、文化的ギャップによるハラスメントの発生があげられます。日本人社員の何気ない言動が外国人材にとってはハラスメントと感じられたり、反対に外国人材の行動が日本人社員に不快感を与えたりすることもあります。

    こういったハラスメントを防ぐためには、以下のような言動・行動に注意することが重要です。

    • 優越的な関係を背景とした言動・行動(優越の意味が上下ともに)
    • 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動・行動
    • 労働者の就業環境が害される言動・行動

    対外国人労働者に限らず、違法なコミュニケーションを避けるためには、人格否定につながる言動は避け、指導・業務目的に照らし合わせた時に必要な言動であるかどうかを考えながら、日々のコミュニケーションをとることが重要です。

    ※指導とパワハラの境界線については、こちらの記事(パワハラと指導の境界線は?中小企業が知るべきハラスメント対策)も併せてご覧ください。

    外国人雇用のトラブルを防ぐ仕組みづくりを

    労災に限らず、外国人雇用をめぐるトラブルの多くは「ルール設計・体制整備」と「日常的な対話」の改善により防げるケースがほとんどです。是非、外国人雇用を始める際は、仕組みの構築から現場における改善を行い、外国人材が活躍できる企業作りを目指していただければと思います。

    なお、外国人雇用をこれから始めるという方に向けて、現場で起こりがちな“文化のズレ”や伝わらない指示を防ぐための実践ポイントを、教育と法務の両面から解説するセミナーを開催します。是非ご参加ください。

    外国人雇用のためのコミュニケーションとルール整備のセミナー